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2013-05-27

Tunblings(山口冨士夫)[3]

さてさて、どんだけ待ったかはもう記憶が定かじゃないけれど、
もちろんアンコールまでの待ち時間なんてレベルじゃなく、
また酒を何度かおかわりして友達といやぁすごかったなぁなんて話していたらはい、再びメンバ登場。

おぉ‼ このイントロ…
いきなり村八分の "んっ!" から始まり怒濤のカヴァーラッシュへ突入w。
次のBo Diddleyの"MONA"で再びオツムの回路が飛びました。
脳汁噴出。背筋ゾクゾク震えまくり。

実はこの曲の始まるタイミングでこっそり録音してたテープが反転して…
ちゃんとアタマから録れてないのがめっちゃ残念なんだけどね… 😭

で、Themの"GLORIA"!!
そしてビートルズの"Love Me Do"のド・ド・ドレゲエバージョン!!!
いやぁ、この人の引き出しにはいったいどんだけのネタが詰まってるんだろう。
なんか、「きっかけ」とか「発端」のバリエーションだけをとにかくたくさん持っていて、それを取り出すと、その時の自分が本能だけで好きな形に膨らませて、着色して、アレンジしてる感じ?
ううむ。うまく言えない。^^;でもメジャーに仕込まれたパッケージのロック・ショウじゃ体験できないスリルだからな。

やたらに日本のストーンズ、日本のキースに例えられてた冨士夫ちゃんだったけど、かぶるのは歯に衣着せぬ言動やら酒やら○ラッグとかさ、素行のほうだけで、ギターは全然タイプが違うよね。でもそれはうれしい誤算。もちろんキースは大好きなんだけどさ。スタイルをコピーしても面白くないじゃない。
しかしこんなにワクワクして我を忘れたライブなんて生まれて初めてだよ。

1986年ていうと、もうスライダーズはすっかり変わってきちゃって気持ちが離れはじめた頃。
元々ストーンズから影響受けて聴いてたのも洋楽とブルーズ中心で国内ではRCくらいしか興味なかったしね。
丁度興味のある日本のバンドが見つからなかった頃だったのかもしれないな。ちょっと記憶曖昧なんだけど…

そしてお待たせしました。
"ひまつぶし"から"からかわないで"〜"ひとつ" で会場は沸点に到達。
でもねぇ、タンブリングスの掌の上で踊らされる心地よさったらねぇ。

2nd Stage終盤で
冨士夫ちゃんにこれでもかと鬼神が取り憑いた。
結局2ステージ全23曲のえらいゴージャスなライブで、1番インパクトが強かったのは後にも先にもこのときしか聴いたことがない、"Jump So High"(勝手につけた仮題 ^^;)って曲なんだけど…
最後は日本人でこんなギター弾く人おったんかい…とまで思ったわ。
当然早弾きとかタイム感とかある特定された技術やセンスじゃなくて、ジミヘンみたいにずっとギターと一緒に生活してきた人だけが持ちうる人格と音が一緒になった特殊な一体感みたいな…音が塊になってガツンとぶつかってくるんだ。
「So What」の最後にガンボスの永井氏が、
冨士夫ちゃんのギターは腰から会場の最後部まで一旦かきーんて音を飛ばしてまた戻して来る、
みたいなこと書いてたけど、あれを初めて読んだとき、わかるわかる!!って思ったもんな。
ぐっと構えて腰に吸い付いたギターの位置とか他の人と違うんだよね。
とんでもない音圧とかさ、絶対ギターとアンプのセッティングだけじゃないと思うもの…

なんて、素人がよくわかりもしないでごたく並べちゃったけど…
ラストはのちにAtosphereで"漂う"って曲になる原曲で静かにクールダウン。
結局2ndステージも圧巻の12曲ってことで
このあとしばらく冨士夫ちゃんに首ったけになっちゃうんだ。

2nd Stageのセットリスト
     01: んっ!
     02: Mona
     03: Gloria
     04: Love Me Do
     05: からかわないで
     06: ひとつ
     07: My Girl
     08: Rock Me
     09: 誰もが誰かに
     10: Walkin' The Dog
     11: Jump So High
     12: 漂う

そしたらみんなを置いて旅にでやがってなぁ…ちくしょう
やっと戻ってきたと思ったら鮎川ロケッツとレコーディング&ツアーでちゃいやがって。
ありゃあ当時のロッキン・Fの仕組んだ二人の対談が原因だな…ブツブツ……

2013-05-26

Tumblings(山口冨士夫)[2]

ライブ当日、クロコで入場待ち。
開場時間を過ぎてるのにまだ客を入れない。
「まぁまず予定通り始まることないから大丈夫だよ」
的な話が周囲のあちこちから聞こえて来る。
どのくらい待ったかもう憶えてないけど、結構待ってからクロコの中へ。「定員」なんてないのかもしれないけど、客は少なすぎず多すぎず、定員ぴったりってかんじ。一緒に行った友達と、ひたすら酒吞んで待つ。

#おいらが一番好きな冨士夫ちゃんの画像
#画像無断転載ごめんなさい。m(_ _)m
タンブリングスがLIVEやってるって記事に使われてたもの。雑誌は確か"Player"
タンブリングスがLIVEやってるって
記事に使われてたもの。


客層が想像してた以上に全然大人。そう見えただけかも知れないけど。
当時21の自分が全然ガキの部類って感じ。
前のほうで興奮してる輩より、後ろのほうで固まってる冨士夫ちゃんの友人らしき集団が妖しくて怖い。
そのうち酒ばっかりおかわりしてたら小便がしたくなって……間違って開けちゃったのがなんと楽屋の扉。もうもうとした煙の中からこっちを睨む目がいくつも…あら、嫌な汗がたらりと背中を伝った…なんだこの大量の煙は。笑 まぁ見なかったことにして、酒の続きを。

入場後、結構時間がたってから、突如SEのクラシックが場内に流れ始めた。結構感情高ぶってる感じの。モーツァルト? バッハ? ^^;;;;
クラシックはまったくお手上げでわからん。でも聴いたことがある気がする音楽…
そしてメンバーが姿を現した。百戦錬磨。髪の毛立てて中指立ててる兄ちゃんたちとはくぐり抜けてきた修羅場の数も質も違いすぎて話にならないって感じ。メンバの各々が独自でもってる威圧感みたいなのがすごい。
日本ってメンバーみんなでストーンズの不良性追いかけてる、みたいなバンドは死ぬほどあるけど、メンバ個人個人の見た目はバラバラなんだけど音出すとすごい、みたいなのはほとんど知らなかったからね。
RCがそれに近かったけど、おいらがライブみたいと思った頃は既に馬鹿でかいホールで完成されたショウをやってて、客層のあまりの若さにもちょっとひいちゃってたところがあったしね…

タンブリングスのメンバは、
    山口冨士夫/Vo&G(ex.ダイナマイツ~村八分〜いろいろ)
    青木眞一/G&Vo(ex.村八分~スピード〜フールズ)
    青木正行/B(ex.TOO MUCH~外道)
    小林秀弥/Ds(ex.TOO MUCH)
の4人。
みんな穏やかな顔してるのにオーラでとるわ。

冨士夫ちゃんはリヴァースのFirebird+Marshall
青ちゃんは…忘れた ストラトだったっけな…^^;
マサはプレベ+Ampeg

SEがフェードアウトしていきなり演奏が始まった。
一曲目は"運命の糸"。そのまま間髪いれず"赤い雲"。
で、もうのっけからアドレナリン吹き出しまくり。「す、すっげぇ…!」

相当に荒っぽいかんじでスタートして
バンド全体を暖めていって、あるところからその渦にすごいブーストがかかりはじめる。
そこに一歩足を踏み出すと、一瞬で渦に引きずりこまれちゃう。
ちょ、ちょっと冨士夫ちゃんのギターすごい音圧だし。これにはたまげた。
未体験ゾーン突入。

「いやぁ、今日すげぇなぁこの人…」
「なんか一杯いるけど…だけどびびってないぜー」

無邪気なMC入れながら次々と曲が畳み掛けるように飛び込んで来る。
個人的にタンブリングスのテーマソングだと思っている "酔いどれ天使"にゃ脱帽。
ぞっとするような目で宙を睨みながら歌う "Drive"これも圧巻。
のちにTeadropsで陽の目を見ることになる"いきなり〜"の原曲、"オレンジ・サンシャイン"、ラストは "Private Cassete" に入ってる名曲、"汽笛が"。ラスト?
そういや今「あと一曲で休憩します」って言ったよなぁ…
客もアンコール!とか一切騒がないから、とりあえずおいらも酒のおかわりでも…
…2部構成? まさか! それって無茶苦茶刺激的な夜ってことだよね? まじ?

とりあえず1st Stageのセットリスト
    01: 運命の糸
    02: 赤い雲
    03: 誰かおいらに
    04: Blue
    05: Rock Me
    06: Bun Bun
    07: 酔いどれ天使
    08: 捨てきれっこないさ
    09: Drive
    10: オレンジサンシャイン
    11: 汽笛が

果たしてこの続きはどんな展開に…??

2013-05-14

Tumblings(山口冨士夫)[1]

日本で一番好きなバンドだったのがTumblings(タンブリングス)。
いや、日本で一番好きなミュージシャンが山口冨士夫で、冨士夫ちゃんが在籍してたバンドで一番好きなのが、タンブリングス、という言いかたのがあってるかな。
活動初期はタンブリング・ダウンとか山口冨士夫グループって名で当時の「ぴあ」にのってたね。
Tumblings

時代的にはラッキーだったんだ。高校でストーンズ好きになってそこからいろいろ聴きだして、卒業した84年に村八分とか山口冨士夫って名前を耳にするようになってきて。当時はインターネットなんかないからさ、たまり場にしてたロックバーみたいなところで情報交換したり、雑誌買ったり立ち読みしたりしか情報集める手段がなかったんだよねぇ。

それでもほとんど情報なんか集まらなかったんだけど、ある日…雑誌のすみっこに「70年代の伝説のバンド、村八分の唯一のライブアルバムがVivid Soundから再発!」みたいな小さな囲み記事を見つけたんだ。

多分、当時の日本でその記事を読んで10人目くらいに発売日を楽しみにしてたおいらは、発売当日朝10時の開店時間にレコード屋に飛び込んでね。結局2、3軒まわって見つけたんだっけな。ようやく手に入れることができたんだ。
あとは寄り道しないで最短ルートで帰宅。即レコードをターンテーブルに。

正直なところ…… ぶっとばなかった…
なんかやけに冷えた演奏だな… やる気とか全然感じない…
音も悪い…いや悪いんじゃなくて音圧がない。ミックスダウンがヘタというか、全然ロックのライブ的な音になってない。…まぁ当時の日本のレコード会社のレベルだと…みたいなことなのかな。わからん。
チャー坊歌 ヘタだな… でも歌詞は…これはさすがにすげえなぁ…
みたいな感じで、水たまりとかのびてぶぎーとか数曲に反応したくらいだったかな…

その頃はスライダーズ(The Street Sliders)に夢中になってたね。
がんじがらめ出して、少したって、ライブハウスからキャパ1000人前後の小さなホール、会館にスケールアップしてツアーをはじめた頃。

結局村八分もストーンズみたいに何度か聴いてるうちにだんだん浸みてきちゃったんだけどさ。またそれといいタイミングで当時一緒にバンドやってたタイコのヤツが、"ひまつぶし"の音源を手に入れて来たんだよね。どこかからカセットテープをダビングしてくれたんだ。
当時ひまつぶしって言ったら西新宿の中古屋とかで1万前後で平然と売られてて、売る気もあるんだかないんだか、壁のえらい高いところにサランラップ貼って奉られてたからな。一般人にゃとても手がでなくてあきらめてたんだけど。

山口冨士夫 ひまつぶし
ひまつぶし[アナログ/エレック]











とにかくひまつぶしは一発でお気に入りになった。

"赤い雲"とか"からかわないで"とか王道っぽいのは特にね。
まぁとにかく、あの出だしの「よーい、どーん…」にやられたよ。
これはほんとに聴きまくったなぁ。バンドじゃベース弾いてたくせにギターを一所懸命コピーしたわ。

それから…少したって86年頃。
雑誌で "冨士夫ちゃんが動いてるゾ。その名もタンブリングス。" みたいなこれも小さな囲み記事を見つけたんだよね。
調子にのってはしゃいでる客にいきなりマイクスタンド投げつけた、とか書いてあったわ。
 で、当時ライブハウスのスケジュールなんかはみんな「ぴあ」で確認してたんで、バックナンバーひっくり返して東京近郊のおもだったライブハウスの予定をチェックしまくったら発見したわけだ。タンブリング・ダウンとか山口冨士夫グループって名がぽつり、ぽつりと。
おお、ガセじゃないなこれは、ってことで最新号を買ってきて……発見!!!!
当時横浜に住んでいたから、横浜のアマチュアバンドとか見に行くのに使ってて東京のライブハウスまでチェックしてなかったんだよね…そこはちょっとライブ行く機会を逸してたと思うと残念無念だったな。
それでも10代の終りってわりと多感な時期に、こんな乱暴な感じで、村八分の音源と、生きてるのに伝説なんて言われちゃって気の毒な冨士夫ちゃんのタンブリングスでの復活をナマで体験できたことは、ほんとにラッキーだったと思う今日この頃。

で、ワクワクウキウキしながらクロコダイルまでライブに行ったってわけさ。